読書感想文④ 美味礼賛

『美味礼賛』 海老沢泰久

 

名前だけ聞いたことあるなーとずっと思っていた本。Kindle Unlimitedで入手できたのでこれを機に読んでみた。

まず驚いたのが、地元近くの辻調理師専門学校を本格的に立ち上げた辻静雄の半生を描くものだったということ。思っていた以上に自分の行動範囲に近いものでわくわくした。そして、彼が「本物のフランス料理」を日本に広めた人物だということも初めて知った。いわゆる洋食屋さんの料理がフランス料理だと思われていた時代があったということ。本格的にフランス料理やイタリア料理、はたまたモロッコ料理なんかが食べられる現代からは想像もつかない世界だった。

海外への旅行が今ほど自由にできなかった時期、それでも本当のフランス料理を学んで日本に広めるべきだと決心し、まずはガストロノミー(美食学)の研究者のいるアメリカへ、そして本場フランスへと旅立っていく。紹介に紹介を重ねて、名だたるレストランにて料理の味を覚え、それを日本の学校に持ち帰る。その後も、本物が分かる料理人を育てるためにどうすればいいのかを必死に考え、そのために全力を尽くす。

多くの人が彼に力を貸したのは、自分の都合ではなく将来の人材を育てるべきという彼の考え方に希望を見たからだと思う。創始者、創業者を見ていて感じるエナジーを彼にも感じたのだと思う。

 

成功した人の話として読むのももちろんおもしろいのだけれど、この本の別の楽しみ方としては「料理の質感を味わえる」ことだと思う。筆者の海老沢泰久は、料理の感想を表現する言葉を一切使わない。その代わりに、料理の手順、材料などを細かく描写する。逆にそのことで、さも目の前に料理があるかのような錯覚を起こす。

主観的な表現をあえて排除することで、客観的な事実のみが浮かび上がり、それが想像を豊かにする。なかなかできない描き方だなぁと思った。

 

それともうひとつ。

こんなに有名なレストランおよび料理人が出てくる小説もあまり見ないので、これをガイドに有名レストランをまわってみるのも面白いと思う。料理はもちろんのこと、「サーブのプロ」についてもらうのは、自分が仕事をするときにも取り入れられる配慮に満ちている気がする。だって1年前に1度だけ来た顧客の注文した料理を覚えているだなんて、なかなか普通だとできないですもんね。

日本だと飲食業の地位というかポジションってそんなに高い位置に置かれていないと思うんだけれど、もっと大事なものとして認識されてほしいところ。

 

食べることはそのまま生きること、自分の体を構成するものになるから、本当はすごく大事にしなければいけない。働くことが忙しいからと、パソコンの画面を見ながらおにぎりを食べる、なんてのは日本くらいなのでは、と思っている。食べることのために時間をとる、大切な人たちと食事をする、って、すごく人間らしいしそれが生きることなんだと思う。人間らしくない状態で生きる意味ってなんなんだろうね?

 

ちょっと本筋とははずれたけれど、本気で何かを変えたい、それが自分ではなく日本のためになる、と思ってすることは、大きな結果をもたらすんだなぁと思った本でした。